2010年1月19日
物質の基本構成単位で1811年イタリアのアボガドロは、当時広く認められるようになったドルトンの原子説に対し、水素や酸素の単体が原子1個からなるのではなく、水素と酸素が反応して生じた水の分子も、水素原子1個と酸素原子1個からなるのではないことを主張し、水素、酸素はそれぞれ2個の原子が結合した分子をつくり、水の分子は水素原子2個と酸素原子1個が結合したものであるとの仮説を提出した。
これが現代の分子像の最初の提案である。
その仮説の正しいことは、1860年ドイツのカールスルーエで開かれた第1回万国原子量会議でアボガドロの後輩にあたるカニッツァーロの力説によって、ようやく化学者たちの支持を受けるようになった。
そこで初めて原子量の正しい数値の算出が可能となり、この会議に出席していたロシアのメンデレーエフが、のちに元素の周期律を提出することになるのである。
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2009年12月27日
リヨンに生まれ、ルソーに傾倒する商人の父から『エミール』Emile式に教育され、ビュフォンの『博物誌』や、『百科全書』に強い影響を受けた。
1793年、フランス革命の際、治安判事をしていた父が逮捕、処刑され、彼自身も1799年に結婚したが、4年後に妻が病没、再婚したがまもなく離婚し、また2人の子も安定した生活が得られず悩みの種になるなど、家庭的には不幸続きであった。
1802 年、ブルゲン・ブレッセのエコール・セントラルの物理学および化学教授となり、その後高等学校教師を経て、1808年新大学制度下での監察官、1819年パリ大学の哲学担当となり、翌年同大学天文学准教授、1824年コレージュ・ド・フランスの実験物理学教授に選任された。
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